織田憲嗣講演会で学ぶ|職人技とヴィンテージ家具の持続可能性
先日、椅子コレクターとして著名な織田憲嗣さんの講演会で、多くの示唆に富む言葉をメモする機会を得た。椅子のデザイン、製造、そして文化的背景に関する話は、まさにロングライフな価値観を持つものだった。
シンプルで普遍的なデザインの価値
デンマークの椅子は、シンプルでありながら飽きの来ないデザインが特徴だ。その理由の一つは、木という素材自体が持つ表情にある。木は冷たさを感じさせず、職人の手による仕上げが加わることで、より一層の温もりを持つ。こうした椅子は、3世代、4世代にわたって使用できるよう設計されており、2世代で減価償却するという考え方もある。
デンマークの職人制度と椅子作りの背景
ハンディクラフトの伝統を今も守るPPモブラー社は、その象徴的存在だ。デンマークでは、ウェグナーのように14歳で徒弟入りし、17歳でマイスターとなる道がある。このマイスター制度は厳格であり、資格がないと学校に入学できないほどだ。スウェーデンでは、一生に一度しかマイスター試験を受けることができないため、その価値は極めて高い。PPモブラー社には日本人女性の職人もいたという。
一方で、大手のカール・ハンセン社はポーランドやエストニアの工場で部品の生産を行い、最終的な組み立てと仕上げをデンマーク本国で行うことで品質を維持している。対照的に、フリッツ・ハンセンは大規模なファニチャーファクトリーを持ち、効率的な大量生産を重視した製造体制を採用している。これに対し、PPモブラー社のような工房では、1脚1脚を熟練工が仕上げる。そのため、職人の人件費は一律6,000円/時間と高価ではあるが、それが品質に直結する。
No.14の椅子とノックダウン方式
No.14の椅子に関して、ブナの木はかつて見向きもされなかったが、ノックダウン方式の導入により、1リューベに36脚を収納できるようになった。このような工業生産技術の進化が、普及に貢献している。
コピーとオリジナルの違い
日本では猿真似の文化が根強く、コピー品が作られることが多い。そのため、一部のメーカーでは写真撮影を許可しなかった時代もあった。たとえば、MUJIが3年かけて開発した家具を、ニトリが短期間で模倣した事例がある。こうした状況の中、カッシーナはコピー品による多大な被害を受けた。「本物を持つことの意義」は、単なる所有の問題ではなく、文化的な責任にも関わる。
椅子とプロモーション
ザ・チェアとYチェアは1949年にデザインされ、1950年にそれぞれ異なる場で発表された。ザ・チェアはアメリカ市場をターゲットにした展示会で発表され、一方のYチェアはデンマークのカール・ハンセン&サン社から発売された。このように、発表の場が異なることで、両者の市場戦略も異なっていた。ザ・チェアは定冠詞(名詞に付けて特定のものを指す冠詞)が入るという特徴を持つが、そのデメリットは価格にある。しかし、プロモーションの美しさや経済性も考慮されており、ウレタン素材の耐久性(約20年)なども議論される。
また、数値を真似るのはよいが、ディテールを真似るとリスペクトを失うとも言われる。製品開発には時間が必要だが、現在はその時間をかける余裕がないことが問題となっている。
持続可能なデザインと環境への配慮
PPモブラー社は住宅街の中にあり、環境への負荷を考慮した運営を行っている。また、飛行機は環境に負荷をかけるため、リモートワークの方が良いという考え方もある。こうしたロングスパンでの物事の捉え方が、持続可能なデザインへとつながる。
北欧の住宅文化と椅子の提案
北欧では、寒冷な気候の影響で屋内でも靴を履く生活が一般的だ。これにより、床が汚れにくく、また暖房効率を考慮した住宅設計がされている。そのため、椅子の高さもそれに適したものが求められる。背が低く足が地面に届かない人のために、椅子の足をカットするのではなく、足を乗せる台を提案する。なぜなら、椅子のプロモーションが変わると、長く使えなくなる可能性があるためだ。
終わりにとヴィンテージ家具の意義
こうした話を聞き、改めて椅子の奥深さを感じた。ヴィンテージ家具を扱う者として、単なるデザインや実用性だけでなく、それぞれの椅子が持つ物語や、時を経て価値が増す点に改めて魅力を感じる。本物の家具は、所有者によって愛され、手入れをされ、世代を超えて受け継がれるものだと強く思う。織田憲嗣さんの講演を通じて、職人制度、デザインの系譜、そして本物の価値について深く学ぶことができた。記録と資料を蓄積し、デザインの連続性を理解することの大切さを認識すると同時に、無理をしてでも本物を手に入れることの意味を再確認する機会となった。