商品探しのご依頼を一部の顧客を除いて止めることにしました。結論、時間の浪費でしたから。

ものを探すご依頼も一部の顧客を除いて辞めようかなと考えました。

今になって考えに至った話ではないのですが、振り返ってみると多くの場合、珍しいアイテムを市場価格よりも大幅に安く(大体1/2〜1/5)、状態は50年前に作られたものでも、まるで昨日作られたかのように綺麗であること。(張り替えなどメンテナンスをすると高額だから)

別に日本人だから細かいという話ではなくコレクター心理であったり、資産として活用したいと考える気持ちからだと考えます。

外国人からもそんな話は来ます。
そもそも見つけることも困難なうえ、私にメリットが全くありません。
メリット・デメリットでは考えませんが、面白くない。やり甲斐を感じません。

友人・知人からの依頼ならまぁいいかな。と思っていたけど、実際に上記の状態で見つけたことも多々ありますが、絶対に買ってくれません。売れ切れになると、なぜか悔やまれる。

結論。
時間が勿体ないので探すのは余程の顧客以外はしません。数える程度になりました。

Google検索なんて誕生して20年程度の代物。まだまだ赤ちゃんと同じ。プロトタイプ。
令和5年ではちょっと検索に強かったり、キーワードに閃きがあれば、大抵のものはみつかります。
折り合わないのは為替問題でオークションハウスでしか入手できない作品と呼ばれるアイテムでしょうか。

心から欲しければ買うべきだと思いますが、損をしたくないという “感情” が入ると、次でよいか。そんな具合になります。

私への問い合わせの中でも、これまでに2度3度買うチャンスがあったんですよ。
今回は買えると思うと嬉しいです。少し検討させてください。
なんてこともこれまでに数えられないほど耳にしてきました。
誰も買われたことがありません。

あ、またか。そんな風に思うにせよ。考え深い想いはありません。

買う方はサクッと買われる。もちろん、値引き交渉もありませんし、それらはまるでモノが行き先を選んでいるかのようです。大抵それらのアイテムは金銭的な価値も上がる。

家を買う。クルマを買う。時計や絵画を買うことに比べれば、プロダクトの金額は知れています。人生で使う額を考えたときは、、

私の考え方は極々シンプルです。

欲しかったら買う。
古いものだから傷んでいるのは当たり前。
粗末に扱うなら、買う必要はない。

以上です。

金額のことで悩まれるなら、まずはお金を貯めてからでよいと考えます。

私の場合、商品を売買する以上に、どこから来て誰にバトンするのかという系譜を眺めていると考え深いことがあります。

私も思いがけず壊すこともありますし、(形あるものはいつか壊れる、諸行無常だ、なんて言いながら)たまには掃除や手入れをすることも気に留めています。

ものも人と同様に引き寄せだと思います。
嫌なところや危険なところには近づかない心理と同様に、モノにもそんなところがあるんでしょうね、きっと。

というわけでなるべく資産とか、価値があるからとか、安いから。ではなく、私の中でピン!と来るものを探し出していく予定です。
幸いにも感覚だけなら勝負できると思っています。エビデンスなどは受け売りまたは知らないことも多々あります。(さすがに購入してからは調べているので、何も分からないことはありません)

この人。何にも知らないんちゃうん。って感じで問い合わせも来ることもありますが、さすがにそれはないです。

もっとシンプルに、基本に忠実に、それが商売の礼儀だと思う。

余談ですが、最近冊子に寄稿しました。多くの方の眼に触れられるもので、読者もインテリ揃い。わかりやすい言葉選びを意識しながら、加えて辛いことも書くので、修正すべきか、柔らかなニュアンスにしようかと思いもしましたが、添削する期日は過ぎました。

ブログを再開するのは何度目のことか。つらつら書くのは何年ぶりでしょうか。
あくまで自分自身の思考の整理です。検索にかかる知識はありますが、それを意識すると、家具販売員としてはブレるので、このスタンスで当面はやってみます。

これからはコレクタブルアイテムの取引きは想像を超えて変わってくると考えています。