記事: 先日、コンランショップ新宿本店(新宿パークタワー)が、約1年後に閉店するという知らせを目にした。

先日、コンランショップ新宿本店(新宿パークタワー)が、約1年後に閉店するという知らせを目にした。
先日、コンランショップ新宿店(新宿パークタワー)が、2027年春に閉店すると発表された。1994年の開店から33年になる。
コンランショップは「編集」を体験させる店だった
私にとって学生時代のコンランショップは、家具を買う場所ではなかった。「編集」という仕事を初めて体験した場所だった。
当時の日本では、海外ブランドをまとめて見られる機会は少なかった。北欧家具、照明、テーブルウェア、文具、テキスタイル。それらを一つの思想のもとに編集し、「暮らし」として提案する空間は新鮮だった。商品ではなく、組み合わせを売る店。そんな印象を持っていた。
90年代は、編集すること自体が価値だった
しかし、30年近く経った現在、その役割は大きく変わったように思う。
90年代は、編集すること自体が価値だった。海外へ足を運び、商品を見つけ、日本へ届ける。情報にも流通にも距離があったからだ。
メーカー自身が編集者になった
現在は違う。カール・ハンセン&サン、フリッツ・ハンセン、ルイスポールセン、カッシーナ、ミノッティ。多くのブランドが日本に直営店を構え、自ら世界観を発信している。SNSもECもある。メーカー自身が編集者になった。「海外ブランドを編集する」という仕事は、以前ほど希少ではなくなった。
編集する人が増え、編集する単位が変わった
一方で、富裕層はインテリアコーディネーターに空間全体を任せる。若い世代はPinterestやInstagramで情報を集め、メルカリやヤフオクでヴィンテージを探し、自分で編集していく。
編集という仕事は消えていない。編集する人が増え、編集する単位が変わった。企業から個人へ。店から一人ひとりの暮らしへ。
だから私は、この閉店を「一つの店がなくなる出来事」としては見ていない。一つの時代の編集方法が、役割を終えようとしているのだと思う。
これからの編集は何をするのか
新品だけを並べることではないだろう。新品とヴィンテージ、家具と本、工芸と量産品。国も年代も価格も超えて、一つの思想として組み合わせる。たとえば、一脚のヴィンテージチェアの隣に、それが生まれた年代のデザイン誌を一冊置く。それだけで、椅子は商品ではなく、時代の証言になる。必要とされるのは、そういう小さな編集なのかもしれない。
編集にも寿命がある。けれど、人が「選び」「組み合わせ」「意味を与える」という営みは、おそらくなくならない。だから私は、次の編集の形を考え続けたい。
この店でやっているのは、その小さな編集の試みのひとつだ。
この記事について
本記事は、選品舎/Helvetica を運営する大西健が執筆しています。
ヴィンテージ家具・古書の選品、販売、記録を通じて、
「残るもの/残らないもの」の判断基準を実務の中で整理しています。









