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記録: 五感で選ぶ古書という考え方──においが記憶を呼び起こす、春の読書体験

五感で選ぶ古書という考え方──においが記憶を呼び起こす、春の読書体験

五感で選ぶ古書という考え方──においが記憶を呼び起こす、春の読書体験

春になると、草花の香りに背中を押されるようにして、外へ出たくなります。

やわらかな日差し、風に混ざる匂い、土のにおい。そんな季節の空気のなかで、ふと思うのです。
「本も、五感で選んでもいいのではないか」と。

この記事は、古書を“雰囲気”で終わらせず、読書体験として成立する一冊を選ぶための視点をまとめたものです。
読み終えたときに残るのは知識だけではありません。
その本が、あなたの暮らしにどう置かれ、どんな時間を連れてくるか——その感覚まで含めて、選び方を整えます。

においは、記憶の入口になる

私が古本を選ぶとき、重要にしているのは“におい”です。
においは、感覚のなかでもとりわけ記憶と結びつきやすい。
言葉より先に、理屈より前に、過去の風景を連れてくることがあります。

そして重要なのは、ここです。
においで選ぶことは、感傷ではなく「読書の入口を整える行為」だということ。
入り口が整うと、本は読みやすくなり、残りやすくなります。


古書の匂いが教えてくれること

古書を手に取った瞬間に、ふっと鼻を近づけてみる。
湿った紙のにおい、少し甘いインクの香り、遠い誰かの生活の気配。
新品の本にはないその匂いが、過去の風景や感情を呼び起こすことがあります。

匂いは「時間の情報」でもある

匂いは好みで片づかない部分があります。
その本が、どんな環境で過ごしてきたか。どんな時間をまとっているか。
匂いは、保存状態を見立てるための、ひとつの手がかりにもなります。

匂いは「その本が生活にあった証拠」でもある

古書の匂いは、ときに雑味も含みます。
けれど、その雑味まで含めて「生活の跡」だと感じる瞬間がある。
本は情報だけでなく、気配を運ぶ媒体でもある。私はそう考えています。


感覚を「判断軸」に変える

私はバイヤーとして本を仕入れるとき、タイトルや著者だけでなく、そうした“感覚”も選定基準にしています。
脳で考える前に、心が動くかどうか。
言葉にできないけれど確かにそこにある「気配」を感じるかどうか。

感覚は曖昧ではない。順番があるだけ

「感覚で選ぶ」と言うと、根拠が弱く聞こえるかもしれません。
けれど実際は、感覚→確認の順番にするだけで、精度は上がります。
まず感じて、最後に一歩だけ確かめる。これで失敗が減ります。

においで覚えている本は、すでに“自分の本”になりやすい

たとえば、においで覚えている本がある。
それはもう、その人にとっての“特別な一冊”になりやすい。
内容より先に、手に取った瞬間が残る。そういう読書も、確かにあります。


五感で選ぶ:実践手順(3ステップ)

ステップ1:嗅ぐ(距離感を確かめる)

匂いが「心地よい」「気にならない」「強すぎる」のどれかを判断します。
強すぎる場合は、暮らしの中で負担になることがあります。
ここは遠慮なく、読者自身の体調と生活を優先してください。

ステップ2:触れる(紙と装丁の手触りを見る)

指先で確認できるのは、紙の硬さ、しなり、ザラつき、厚み。
古書の良さは、情報だけでなく物質としての説得力にもあります。
手触りが良い本は、読み返されやすい。本棚に残りやすい。

ステップ3:眺める(佇まいが部屋に合うか)

表紙の色、背の文字、サイズ感、余白。
本は視界に入るものです。部屋の空気と調和するかは、読書の継続に影響します。
読む前に、置かれた姿を想像する。これも立派な選書です。


匂いが気になるとき:安全な対処

まず結論:無理に抱え込まない

カビ臭・強い湿気臭などがある場合は、体調に影響する可能性もあります。
ここは美意識より体調を優先してください。特にアレルギー体質の方は慎重に。

環境で落ち着くことがある

匂いは、本そのものだけで決まらず、保管環境で変化します。
風が通る場所、湿気がこもらない棚。直射日光は避ける。
「気になる匂い」は、環境の調整で弱まることがあります。

それでも気になるなら、距離を取る

同じ棚に密集させず、少し離して置く。
まずは暮らしに馴染ませることを優先する。
五感で選ぶ読書は、快適であることが前提です。


五感で選ぶ古書が、読書を深くする理由

五感で選ぶ古本は、暮らしのなかで静かに寄り添ってくれます。
眺めてよし、手にとってよし、ページをめくってなおよし。
インテリアとしても、思考の旅の道具としても、その役割を果たしてくれる。

読書の価値は、理解だけではありません。
その本が生活のどこに置かれ、どんな気配をまとい、どんな時間を残すか。
五感で選ぶことは、読書を「生活の資産」に変える技術でもあると思います。


迷ったときのチェックリスト

この一冊は、暮らしの中で“続く”か

  • 置く場所が具体的に決まる
  • 手に取る場面が想像できる
  • 触れたときに、気分が落ち着く

匂いは、心地よい距離感か

  • 近づけたときに不快がない
  • 体調に影響しない
  • 「この匂いが残ってほしい」と思える要素がある

見た目は、部屋の空気と喧嘩しないか

  • 視界に入ったときにノイズにならない
  • 背表紙や色味が、空間の温度に合う
  • サイズ感が、棚に無理なく収まる

ひとつでも引っかかるなら、保留でいい。
古書は逃げないものも多い。焦らないほうが、結果的に良い一冊に辿り着きます。


五感で選ぶ、古書のセレクション

私のオンラインショップでも、そうした「五感で選ぶような本」を少しずつ紹介しています。
気になる一冊があれば、まずはページを覗いてみてください。

👉 五感で選ぶ、古書のセレクションはこちらから

春の空気を吸いながら、散歩の延長で出会うような、そんな本との時間を楽しんでいただけたら。


五感で選ぶという感覚は、家具にもつながっています。
「時間」「記憶」「経年」という視点で、暮らしの選択を一段深くする読み物です。


この記事について

本記事は、選品舎/Helvetica を運営する大西健が執筆しています。
ヴィンテージ家具・古書の選品、販売、記録を通じて、
「残るもの/残らないもの」の判断基準を実務の中で整理しています。


ブログは、ふたつの棚に分かれています。

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