
図録という梯子|バブル期の残像と、ページを渡る楽しみ
図録とは何か
図録は、美術館や博物館の展覧会内容を記録した出版物です。
作品写真や解説、年表などがまとめられ、来場者のお土産や研究資料としても使われてきました。
展覧会を訪れた観客の一割ほどが手にするとも言われ、体験を持ち帰るための確かな媒体です。
図録の歴史 ― バブル期に花開いた印刷文化
図録は、1980年代のバブル期に花開いた印刷文化の産物でした。
高精細なカラー印刷と企業メセナが交わり、展覧会を象徴する「豪華な記録」として生まれたのです。
紙質の厚みやインクの沈み方、装丁の重さまでもが、その時代の熱や経済を写し取っています。
豪華さは無駄ではなく、文化が自らを誇示するための形式でした。
一冊を開くと、その背後にある空気や温度まで立ち上がってきます。
図録の現在 ― デジタル化と「確かさ」
近年、図録は下火になりつつあります。
デジタルアーカイブや公式ウェブサイトが整い、制作費の高騰も相まって、かつてのような豪華本は少なくなりました。
しかし紙の図録には「残り続ける確かさ」があります。
サーバーが閉じても、紙は棚に並び続け、誰かの手に渡り、時間を超えて生き残るのです。
図録を楽しむ ― 梯子する読み方
コロナ禍を経て私は、過去の図録を梯子する楽しさを見出しました。
ある展覧会から別の展覧会へ、時代を跨いで読み比べると、作家やテーマが思わぬかたちで繋がっていきます。
その連続性は、美術館の会場で混雑にまぎれているときには気づけなかったものです。
静けさの中でページをめくることで、ようやく見えてくる文脈がある。
もちろん、現場でしか得られない感覚もあります。
彫刻の影の深さや、肉眼で感じる色彩の揺らぎ、作品が空間に放つ大きさの迫力。
けれど私はいま、図録を通じて「時間を引き伸ばす美術」を選び取りたいと思います。
一冊の本に閉じ込められた作品群を、自分のペースで反芻し、日常に置く。
その営みは、美術を生活に浸透させる静かな仕組みです。
選品舎として ― 図録を未来へ渡す
選品舎で扱う図録は、単なる在庫ではなく、時代を渡す証です。
どの一冊を選ぶかで、美術との関わりは変わっていきます。
だからこそ、「この店主から買いたい」と記憶に残るように、図録を未来へ手渡していきたい。
豪華さの背後に流れる時代の痕跡を、静かに継いでいくために。