モノを超えて | 静けさと、商いの記録

港の空に、巨大な魚が跳ね上がる。フランク・O・ゲーリーが手がけた《フィッシュ・ダンス》は、神戸の街に不意に現れる異国の夢のようだ。その建築を見上げるたびに思う──神戸という都市は、ただ残すのではなく、巡らせてきた街なのだと。 東京は、日本の文化の中心であり続けている。政治も経済も、情報の発信も、多くは東京を起点として流れていく。しかし文化の源流を辿れば、京都や神戸といった都市が浮かび上がる。...
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売り抜けるという選択|不動産・株・家具に共通する出口戦略と暮らしの美学
不動産も株も家具も、「買う」のは容易いが「売る」のは難しい。出口戦略をどう描くかで、資産は資産にも負債にもなる。天国へは何ひとつ持っていけないという前提のもと、世代ごとの戦略と、暮らしの美学を考えます。
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ブログには、ふたつの種類があります。目的や気分にあわせて、お好きなほうをお選びください。 選品手帖 | 選ぶ理由があるモノたちへ モノを超えて | 静けさと、商いの記録 所有ではなく、循環のために ― 選品舎の思想 モノは、ただの「商品」ではないと思う。次の行き先を選び、自らの物語を継いでいく存在。だから私は、その流れを「所有」ではなく「循環」として見つめています。 市...
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選品手帖|選ぶ理由があるモノたちへ モノを超えて|静けさと、商いの記録 図録とは何か 図録は、美術館や博物館の展覧会内容を記録した出版物です。作品写真や解説、年表などがまとめられ、来場者のお土産や研究資料としても使われてきました。展覧会を訪れた観客の一割ほどが手にするとも言われ、体験を持ち帰るための確かな媒体です。 図録の歴史 ― バブル期に花開いた印刷文化 図録は、1980...
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ブログには、ふたつの種類があります。目的や気分にあわせて、お好きなほうをお選びください。 選品手帖 | 選ぶ理由があるモノたちへ モノを超えて | 静けさと、商いの記録 引き受けるか、見送るか ── 売れないソファと、価値の話 あるとき、40年前のソファを引き取ってほしいという相談が届いた。 アルフレックス社のものだった。 モノとしての時間も、造形も、持ち主の...
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ブログには、ふたつの種類があります。目的や気分にあわせて、お好きなほうをお選びください。 選品手帖 | 選ぶ理由があるモノたちへ モノを超えて | 静けさと、商いの記録 「モノを超えて」は、選品のその先にある静けさや背景を記す場所です。商品としての価値だけでなく、そこに流れていた空気や、選んだ理由、手放すまでの逡巡──商いの裏にある思考や感情を、そっと残していきます。 He...
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美術館という静かな場所で、消費の匂いを嗅いだ。展示の完成度は高かった。けれど歩を進めるたび、問いが返ってこない“静かな虚しさ”が胸に積もっていった──。
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ブログには、ふたつの種類があります。目的や気分にあわせて、お好きなほうをお選びください。 選品手帖 | 選ぶ理由があるモノたちへ モノを超えて | 静けさと、商いの記録 家具は投資になる──そう語る声がある。 だが、出口戦略のない投資は、ただの願望だ。 この10年、家具を売り買いするだけでなく、思想として向き合ってきた立場から言う。 家具に明確な出口戦略は、存在しない。 だが...
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美術書と、手放すということ 長く棚にあった一冊の美術書。表紙に少し日焼けの跡があるその本は、かつて誰かの創作や思索のそばにあったのでしょう。 美術書は、ただ“読む”ためだけではなく、“見守られる”ようにそこにあるもの。 手放すことに、迷いや寂しさがあるのは自然なことです。でも、もしもまた誰かの手に渡って、次の時間を照らすことができるなら──それは、とても静かな贈り物のようにも思えるのです。 ...
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福岡で古書・古本を手放すときに思うこと ― 出張買取のご案内
すこしだけ、部屋を整えたいと思った。でも、どれを手放せばいいのか、わからない。 本の背表紙を撫でながら、これはいまも、わたしのなかにあるだろうかと、問いかけてみる。 そんな時に、そっと寄り添うように、本を引き取るひとが来てくれたら―― わたしたちは、そんなふうな本の買取をしています。 🔹 本と時間の話 このまちには、長い時間を過ごした本たちが静かに佇んでいます。 画集、美術評論、詩集、...
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