
選ぶという行為は、年齢とともに変わっていく|ヴィンテージ家具と価値の話
価値理解のための「基準文」を残す
――選択が、言葉になる手前まで
家具の価値は、価格だけで決まりません。
何を選び、何を残し、何を手放すか。
その繰り返しが、暮らしの輪郭と、選ぶ人の輪郭をつくっていきます。
ここでは「買い方」ではなく、「選び方の基準」が静かに変わっていく過程を、記録としてまとめます。
目次
- Ⅰ|選ぶという行為は、年齢とともに静かに変わっていく
- Ⅱ|ヴィンテージ家具との十二年 ― 市場が教えてくれた「波」の法則
- 市場には必ず“波”が来る
- 珍しいモノ=売れるモノではない
- ネット販売は「温度の翻訳」がすべて
- Ⅲ|静寂に耐えうる家具 ― 新しい基準の話
- Ⅳ|キュレーションの意味 ― 「誰が選ぶか」で価値は変わる
- Ⅴ|資産としての家具 ― 時代が変わり、基準も変わる
- Ⅵ|それでも私は、静かに選び続ける
- Ⅶ|これからの一年をどう歩くか
- 結びに
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Ⅰ|選ぶという行為は、年齢とともに静かに変わっていく
衝動から、残るものへ
年齢や経験を重ねると、“選ぶ基準”はどのように変わっていくのだろうか。
40歳を目前にして、鏡に映る自分の輪郭が、少しずつ変わりはじめた。
生活の整え方、身に纏うもの、空間の清潔さ。
どれも以前よりも静かに、しかし確かな重みを帯びてくる。
若い頃は「気になれば買う」だった。
衝動に触れたら、迷う前に手を伸ばしていた。
それが良いか悪いかではなく、ただそういう時期だった。
だが、いつの間にか基準が変わっていた。
「必要かどうか」ではなく、
“残るかどうか” を考えるようになった。
人は歳を重ねるごとに、選ぶものを通して自分の輪郭を整えていく。
それが自然の摂理なのかもしれない。
Ⅱ|ヴィンテージ家具との十二年 ― 市場が教えてくれた「波」の法則
価値が上がる家具には、共通する条件がある
「ヴィンテージ家具はなぜ高いのか」「なぜ価値が上がるのか」。
その問いは、単に相場の話ではなく、流通量・認知・理解・保存状態が絡み合う構造の話でもある。
すでに作られていないこと。素材が再現できないこと。時代を越えて美しさが残ること。
そして、それらがオークションという“価値が更新される場”に集まり、評価が可視化されること。
市場は、突然跳ねるのではなく、静かに前兆を積み上げて波になる。
市場には必ず“波”が来る
2008年前後、モダン家具の一種のバブル期があった。
海外オークションの存在を知り、「こんな家具が世界にはあるのか」と驚いたのも、ちょうどその頃だ。
当時は海外のオークションに参加する日本の個人ディーラーは少なく、情報は閉じ、価格差は大きく開いていた。
輸入の難しさも相まって、参入するだけでアドバンテージが生まれる時代だった。
だが、今は違う。ネットの発達で敷居は一気に下がり、世界中のディーラーが同じ土俵で競っている。
市場の「波」に乗るためには、“変化の前兆”に敏感かどうか がすべてを決める。
珍しいモノ=売れるモノではない
当時、国内のYahooオークションにはクラマタの家具、川久保玲の作品など、今ではほとんど見かけないアイテムが普通に流れていた。
だが、誤解していたことがある。珍しいものほど売れない。
理由は単純だ。珍しいものは、欲しいと思う人の絶対数が少ない。
知識がなければ欲望は生まれない。
高額品ならなおさら、“買い手の理解”が伴わなければ、価値は伝わらない。
ネット販売は「温度の翻訳」がすべて
実店舗での販売と違い、ネット販売は「空気」を伝えることができない。
素材の温度、佇まいの気配、背後の来歴。そうしたものを、言葉と写真だけで伝えなければいけない。
だからこそ、説明文の一文、写真の角度、文章の呼吸、すべてが信用につながる。
失敗も多かった。偽物を掴んだこともある。クレームで胃を痛めた夜もある。
だが、それらの傷はすべて、審美眼の厚みに変わった。
Ⅲ|静寂に耐えうる家具 ― 新しい基準の話
「そこにある理由」を持つ家具
コロナ禍で時間が止まったような日々、私は久しぶりに静物画の世界に惹かれた。
動かないものが、時間の流れを吸い込み、ただそこに「在る」ことで空間を変える。
家具にも、それがある。静寂に耐えうるもの。
光の当たり方、木材の質感、経年がつくる陰影、手入れしながら受け継がれる空気。
それらが重なったとき、“ただ使うための家具”ではなく、“そこにある理由を持つ家具”になる。
この基準を言語化するとしたら、こうだ。
静けさの中に佇めるか
時代を越えて美しさを保てるか
空間ではなく、空気を変えるか
家具は消費物ではない。選ばれ、受け継がれ、蓄積されるものだ。
Ⅳ|キュレーションの意味 ― 「誰が選ぶか」で価値は変わる
価値は、選んだ理由で輪郭を持つ
家具がアートに近づいている。
それは価格の話ではなく、認識の変化の話だ。
作品を「見る人」が作品を定義するように、家具も「選ぶ人」がその未来を決める。
私はいま、改めてキュレーターの存在を見つめ直している。
モノの価値は、“選んだ理由” が語れるかどうかで決まる。
この文章を読んでいるあなたも、今日から自分の部屋にある家具すべてに「なぜこれを選んだのか」と問いかけてみてほしい。
その問いは、暮らしの輪郭を整え、あなた自身の基準を浮かび上がらせてくれるはずだ。
Ⅴ|資産としての家具 ― 時代が変わり、基準も変わる
消費から、蓄積へ
いま、家具は二つの顔を持っている。
暮らしを整える道具
資産になるプロダクト
素材、来歴、保存状態、流通量。これらを見れば、家具の価値は未来に向かって伸びる。
特にモダン家具は、アート市場と同じルールを帯びつつある。
これはコレクターの遊びから「一般ユーザーの投資」へと広がる兆しでもある。
インテリアは、消費から蓄積へ。
この変化は、もう止まらない。
Ⅵ|それでも私は、静かに選び続ける
商いは、記憶の受け渡しでもある
倉庫に置ける量には限界があり、仕入れては売り、また次を迎えることの連続だ。
家具と向き合うのはエネルギーがいる。所有することは責任がいる。お金も時間もかかる。
それでも続けてこられたのは、モノが単なる物質ではなく、記憶の場所のように感じられるからだ。
作品を譲ってくださった方々の顔、使われてきた空間の空気、経年がつくった静かな輪郭。
そうしたものを、次の誰かに静かに手渡していく。
それが私にとっての商いであり、仕事であり、記録だ。
Ⅶ|これからの一年をどう歩くか
透明感・清潔感・静寂
次の一年は、透明感と清潔感、そして静寂。
この三つを基準に、家具を選んでいくつもりだ。
モダン家具だけでなく、素材から選ぶヴィンテージ、来歴から選ぶプロダクト、資産としての家具。
遊びと実用、感性と論理。
そのあいだを静かに往復しながら、新しい選品舎のかたちを、またひとつ積み重ねていく。
結びに
「なぜ、私はこれを選んだのか」
読み終えたあと、あなたが部屋のどこかに視線を移し、ひとつの家具に問いかけてくれたらいい。
「なぜ、私はこれを選んだのか。」
その問いが、暮らしのなかの静けさを見つける入口になる。
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この記事について
本記事は、選品舎/Helvetica を運営する大西健が執筆しています。
ヴィンテージ家具・古書の選品、販売、記録を通じて、
「残るもの/残らないもの」の判断基準を実務の中で整理しています。










