本文へ移動

カート

カートには、まだ何もありません。

記録: スペックの時代が終わり、理由の時代が始まる

スペックの時代が終わり、理由の時代が始まる

スペックの時代が終わり、理由の時代が始まる

これは、Helvetica(選品舎)がどのような基準でモノを選び、なぜそれを次の時代へ残そうとしているのかを記した文章です。

2025年から、私たちは一つの確信を持つようになりました。

世界の前提が書き換わった瞬間が、再び訪れている

かつて、パソコンが一部の専門家の道具であることをやめ、 世界が突然「自分ごと」になった瞬間がありました。 Windows95が立ち上がった、あの朝のように。

世界の前提が、一気に書き換わった。 使える人間だけのものだった技術が、 気づけば誰の手の中にも入り、 「どう扱うか」「どう意味づけるか」が問われる側に回った。

いま、私たちが向き合っている ヴィンテージ家具や古書といった「モノ」の世界にも、 それとよく似た追い風が吹こうとしています。

いま問われているのは、正しさではなく納得だ

これまでの時代は、 スペックや価格、そしてアルゴリズムによる「効率」が正義でした。

比較できること。 最短距離で辿り着けること。 誰が扱っても、同じ答えに行き着くこと。

それが、インターネットにおける価値の中心でした。

しかし今、私たちは 「正しさ」よりも「納得」が求められる地点に立っています。

ネットは、AIが生成した無機質な言葉で溢れています。 整ってはいるが、体温がない。 正しいが、記憶に残らない。

その反動として、人々は逆に、 「誰が、なぜ、それを選んだのか」 という、説明しきれない熱量を求め始めています。

狂気に近い偏り。 合理性からはみ出した判断。 矛盾を引き受けたままの選択。

つまり、真実性(Authenticity)。

この変化は、 モノそのものではなく、 モノと向き合う態度に起きています。

Helveticaは、判断を言語化するための場所である

私たちが運営する Helvetica は、 単なるECサイトではありません。

商品を並べ、価格を付け、 売るためだけの場所ではない。

ここは、 古い家具に宿る、言葉にならない「意味」を掘り起こし、 なぜそれが残り、 なぜ今も次の時代へ手渡す価値があるのかを、 職人的に言語化するための場です。

これからは、価値を引き受ける人が選ばれる

2026年、時代は大きく変わる。

「所有」すること以上に、 価値を理解し、引き受け、継承することに 意味が置かれる時代がやってきます。

個人の美学は、 肩書きや組織よりも強く、 そのまま通貨のような価値を持ちはじめる。

「スペックじゃない。 価格でもない。 Helveticaが、なぜそれを選んだのか。 そこにお金を払いたい」

そんな言葉が、 理想論ではなく、 現実の取引として成立する世界が、 もうすぐそこまで来ています。

私たちは、自分自身の選品眼を、さらに研ぎ澄ませていく。 速度ではなく、精度を。 量ではなく、密度を。

古い家具に宿る、 言葉にならない「意味」を、 これからも全力で言語化していきます。

もし、この姿勢に共鳴する人がいるなら。 これからの「Helvetica(選品舎)」を、 静かに、しかし確かに、見ていてほしい。

Helveticaは、 モノを売る前に、 まず判断を提示する店でありたいと考えています。


この記事について

本記事は、選品舎/Helvetica を運営する大西健が執筆しています。
ヴィンテージ家具や古書を扱う実務の中で、
「何を残し、何を手放すのか」という判断を、
日々、現場で積み重ねてきました。
この判断軸の全体像は、残るものを選ぶという行為についてに記録しています。


ブログは、ふたつの棚に分かれています。

いまの気分に近いほうから、お進みください。

静けさのなかにある商いの気配

この記録を読む

コレクションとは何か|集めることと、残すことの違い
モノを超えて

コレクションとは何か|集めることと、残すことの違い

コレクションとは、集めることではない。残ったものを、あとからそう呼ぶだけ。集める行為と、時間の中で残る結果を切り分けながら、コレクションの本質を整理する。

気配の先へ
選ばない理由について書いてみる
商いの記録

選ばない理由について書いてみる

選ばれたものの裏側には、同じだけの「選ばなかった理由」があります。価格で降りたこと、空間に合わなかったこと、人の多い場で買わないこと。判断が正しいときも、誤るときもある。それでも選び続けるために、私は選ばない。

気配の先へ