モノを超えて | 静けさと、商いの記録

神戸は“巡らせる都市”、京都は“残す都市”。フィッシュ・ダンスを起点に、文化の循環とデザインの行方、ヴィンテージ市場との接点を考察する読みものです。
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図録は、美術を自分の生活のリズムで受け取るための静かな装置です。バブル期の印刷文化、紙が持つ確かさ、ページを梯子する楽しみ──図録が未来へ運んでいくものについて書きました。
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雑誌を売るという、ささやかな営み ─ 変わってしまった媒体と、なお残す理由
薄くなった雑誌の背後には、静かに終わりつつある媒体の姿があります。それでも私は、古い雑誌を扱い続けています。商売としては効率の悪い営みですが、ページの端に残る空気や、当時の編集者の思想を“記録”として残したいからです。変わってしまったものを通して、今の暮らしに必要な視点をもう一度考えてみませんか。
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紙片に残る、誰かの時間 ― 福岡でエフェメラを引き継ぐということ
紙ものと、記憶について 綴じられていないものには、かえって強い物語があります。展覧会のパンフレット、映画のフライヤー、旅先の案内。誰かが手に取り、どこかで過ごした時間の跡。 そうした紙片を、「紙もの」や「エフェメラ」と呼びます。印刷された瞬間から時を刻み、誰かの手を離れたあとも、まだ記憶を帯びている──わたしたちは、そんな紙片たちも丁寧に引き継いでいます。 エフェメラという呼び名 本に比べ...
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