モノを超えて | 静けさと、商いの記録

バズりたいわけじゃない。ただ、まだ出会っていない誰かに、静かにでも確かに届けたい。売るためではなく、届けるために選ぶ。その姿勢だけは、これからも変えずにいたいと思っている。
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「選ぶ」という行為には、静かな意志がある。流行や名前ではなく、時間に選ばれてきたものに目を向ける。選品舎が見ているのは、モノではなく、そこに積もった“時間”そのものだ。
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谷崎潤一郎『陰翳礼讃』は、光ではなく“影”に美を見出す日本の美意識を描いた随筆です。照明は明るさではなく、陰影の扱いで空間が変わる──その視点が、現代の暮らしにも静かに響きます。
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選ぶ家具は、ただのインテリアではなく、時間と記憶を重ねる“思い出の資産”になる。旅の記憶が心に残るように、暮らしの中で使い続けた家具もまた、人生のページを静かに彩ってくれる。
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職人の時間がつくる椅子──織田憲嗣講演会で考えた“本物”の持続性
同じように見える椅子でも、なぜか「信頼できるもの」と「どこか不安なもの」がある。その違いは、座り心地や価格ではなく、椅子が生まれた“背景”にある。職人制度、時間軸、文化の積み重ね──それらを知ったとき、ヴィンテージ家具はまったく違う姿で見えてくる。
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名前のない美しさを探しに行く:都庁の職員食堂と、都市の静かな眺め
高層ビルの職員食堂。名前も残らない椅子やテーブルが、静かに都市の空気を整えている。公共の空間に宿る、選ばれた美意識と、誰かのために用意された静けさについて。
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「目を養う」とは、暮らしの感度を高めること──家具とアートのあいだで
アートも家具も、よく見るほどに違う姿を見せてくれる。「目を養う」とは、暮らしの感度を静かに育てること。選ぶ前に“見る力”を育てることで、日々の景色は少しずつ変わり始める。
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ホテル イル・パラッツォ再訪──1989年から続くデザインの文脈と、建築が文化として残る理由
建築が残るということは、文化が残るということ。1989年に誕生したホテル イル・パラッツォは、アルド・ロッシや内田繁らの思想を宿したまま、いまも「体験できるデザイン史」として福岡に立ち続けている。
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永井敬二コレクションに見る美のアーカイブ研究|ディーター・ラムスとBRAUNデザインの思想
永井敬二氏の膨大なコレクションから、ディーター・ラムスが手がけたBRAUNのオーディオ機器や関連資料を通じて、「良いデザインとは何か」を体験として持ち帰る試み。本記事は、展示空間で触れた思想・構造・空気を、そのままアーカイブとして記録するための一篇である。
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